ドキュメンタリー映画 にがい涙の大地から
昨日、このドキュメンタリー映画を観てきた。この映画の監督も来場していて、30分程度の講演も行われた。まだまだ若くて素敵な女性だ。
内容は、日本軍が中国大陸へ毀棄してきた化学(毒ガス)兵器に触れ、死亡したり長きに亙る後遺症に苦しんでいる現地の中国人たちに焦点を当てたものだ。
そもそも化学兵器は秘密裏に製造されていたものだったので、その存在が公になるとまずかった日本軍は、敗戦による逃走の際、製造工場を破壊したり、化学兵器を地中・川中・井戸などへ毀棄したのである。そして、現在急速に開発が進む中国では、建物の建設などに際して、それらを掘り起こして事故に遭っているのである。ドキュメント中では、一家の主をその事故で失い生活が一変した家族や事故に遭って以来その後遺症で咳が止まらず熟睡できない男性などが登場する。あの咳は酷い。睡眠をとろうにも1時間おきくらいで発作が起きる。みている方も気がめいるほどの状態だった。
化学兵器による影響の恐ろしさは、ひとたび被害に遭うと恢復しないことだ。一生その後遺症に悩まされることになる。全てではないが、男女を問わず、生殖器に対する影響も甚大で性生活が不可能となり、離婚に至るケースも少なくないとのこと。
被害者の中国人たちは、日本政府を相手に損害賠償請求をし、第1審では勝訴したものの政府が控訴している。いったい何故控訴するのか?そもそも裁判で争うこと自体がおかしい。日本軍が残していった化学兵器による事故であるのだから、すみやかに被害の救済を図るべきだ。何事にも責任を頬被りしようとするこの国の為政者らしい全く恥知らずな対応だ。
この映画には、日本のある島が出てくる。広島県にある大久野島だ。通称毒ガス島。恥ずかしながら初めてその存在を知った。かつて、この島で極秘裏に化学兵器が製造されていたのだ。ある老女がたった一人だけ、この島のことを証言し、映画に登場している。この島で働いた他の人々は、そのことを知られるのが嫌で、インタビューに応じる人がいなかったそうだ。この島へは、学校を出たばかりの若者(子供)達が、それとは知らされずに働きに来ていたそうだ。防毒マスクを支給されたのだが、使い古しの大人用のそれのため、子供の顔では隙間ができ、そこから毒ガスを吸い込んだりしてしまったようだ。この工場への勧誘の仕方がこれからの日本に通ずるものがあると思った。要は、上の学校に行く経済的余力や能力のない子供たちに狙いをつけて、「化学の勉強をしながらお金を稼げる」と勧誘していたのだ。社会保障を断ち切ろうとしている今の日本の流れのままでは、ごく一部の富裕層と何とか生活を維持し得る層と生活がままならない貧困層とを生み出すことになる。その時、貧困層家庭に生まれ出でた若者たちは、能力があっても大学へは進めず、自衛隊へ絡めとられていくことになるのではないか。戦後、一貫してアメリカの影響の下に、その後追いをしているのが日本だからだ。
いつの時代も、権力者やその子息たちは、危ないところへは行かない。そこへ行かされるのは、奴らの作った制度の中で社会の底辺へと追いやられた人々である。
2006年09月21日
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「にがい涙の大地から」観に行かれましたか。こちらでは、社会問題を扱った映画は上映の機会が少なくて歯がゆい思いです。隣の県では上映していると聞くのに。
毒ガス被害が今も続いている事を思えば、戦争はまだ終わっていないとも言えますね。毒ガス展を見に行ったときのショックが鮮明に思い出されます。日本の戦争責任はこんなところでもおざなりなんだと思いました。
監督の話も時下に聞けて、大変いい上映会でした。renanayaさんのお近くでも上映会が開催されるといいですな。このサイトに各地の上映会予定が掲出されていますが。
戦争の被害を受けるのは、戦時も戦後も、ごく普通のそこで生活している人々です。戦争の後遺症は、戦後何十年も続くことの証左の一つですな、これも。だからこそ、戦争を始めてはなりません。