中村教授も自ら訴訟当事者になることによって日本の「腐った司法(裁判所)」を身をもって体験することになった。
日本においては、自らが訴訟の当事者となることは滅多にないであろうし、市町村役場と違って裁判所へ行くということも滅多にないだろう。推測するに、日本人の大多数は1度も裁判所へ足を運んだことがないのではないか。
そのような状況では裁判や裁判所へ関心を持つということ自体が困難である。そのように多くの日本人が裁判所について無知・無関心であるのをいいことに、最高裁判所を頂点とした司法官僚達は裁判所内部の統制を強化し、市民の権利・利益保護とは逆の国・自治体や大企業などの強い者の利益を優先して憚らない。
せいぜい、裁判所内部での出世を諦めたり、定年間近でもはや出世や保身を考慮する必要の無くなった裁判官や地方裁判所レベルでまだ裁判官としての良心を保たんとする裁判官がたま〜〜に、「まともな」判決を出すに過ぎない。どの組織にもありがちなことだが、上へ行けば行く程、上司のご機嫌取りばかりに精を出す腰巾着や人格下劣な者がいるものだ。一般の企業ならまだ害が少ないと言えなくも無いが、「自由の砦」たる裁判所がこれと同様なレベルであることがこの国の悲劇的なところである。
司法の本来の役割・あるべき姿は別に記事にしようとも思うが、現状の日本の司法は国会・内閣と同様に政治権力の行使機関と言っても過言ではないだろう。勿論、国会・内閣のように積極的に政治権力を行使している訳ではないが、政治権力そのものである国会・内閣や大企業の行為を中立・公正を「装って」追認している分、最もタチの悪い権力機関と言えなくも無い。
これをどう改善するのか・・・。難儀な課題だ。
2005年01月12日
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