前に書いたエントリー「人権のはなし」でちょっと触れた権利と義務の関係がいまひとつしっくりこなかった閲覧者がいらっしゃったようです。その方のエントリーを拝見したところ、日常生活その他に関わる法・道徳・倫理などの「規範」と権利・義務関係を混乱されている感がありますが、「規範」については暇があったら別に論ずるとして、権利・義務関係について整理したいと思います。
私が例に挙げた消費貸借契約は講学上、「要物契約」と言いまして、契約当事者の意思表示の合致の他に目的物の引き渡しを成立要件とする契約です。つまり、契約者間で「物の返還約束の合意」と「物の引き渡し」がなされて初めて契約が成立します。その契約が成立することによって発生する権利関係は、私が例示した「金を返せ」という権利(債権)と「金を返さなければならない」義務(債務)のみです。つまり、理論上、金銭消費貸借契約は貸主が借主に金銭を引き渡して初めて成立するものであって、成立した時点では金銭の授受は完了しています。もし、金銭の授受がなされていなければ契約は不成立ですから、権利義務は発生しようがありません。
以上をまとめると、金銭消費貸借契約が成立しているのであれば、金銭の授受は終了しているはずであって、借主が貸主に「お金を貸せ」などと言う必要もなければ(既に受け取っているはずだから)権利もありません。また、金銭の授受がなされていないのであれば、契約はそもそも成立していないのですから、当事者間に権利・義務は発生しようがありません。
もっとも、売買契約のように当事者双方に権利・義務が発生することもあります。例えば、売主Aと買主Bとの間で車の売買契約を結んだとしましょう。すると、売主Aは買主Bに対して「代金払え」という権利が、買主Bは売主Aに対して「車を引き渡せ」という権利が発生します。当然、権利が発生している以上、それに対応するものとして、買主Bには「代金を支払う義務」が発生し、売主Aには「車を引き渡す義務」が生じています。
これを、A又はBのどちらか一方にだけ着目すると同一人に権利と義務が帰属している訳ですが、ここに生じている権利と義務はあくまで相手方の義務と権利に対応しているのであって、Aさんの権利の裏側をめくってみたら義務が書いてあったなどというものではありません。あくまで、権利は相手方の義務とセットで存在し、義務は相手方の権利とセットで存在しているのです。
売主Aさんは、車を引き渡さなくても「代金払え」と請求できます。素直に、買主Bさんが代金を払えばそれでその権利は履行されて消滅します。後は、買主Bの「車を引き渡せ」という権利に対応した売主Aの「車を引き渡す義務」が残るだけです。
もっとも、Aが「金払え」と請求してきたときには、Bは「車の引き渡しと引き換えでなければ払わない」と拒否することも可能です(同時履行の抗弁権と言います)。
自分が相手に権利行使をするのであれば、相手が権利行使してきた時の義務も果たすべきだというのは、言ってみれば道徳・倫理の世界と申しましょうか、その人がこうあるべきであるということを主張しているだけであって、自らの義務を果たさない以上権利行使ができない訳では決してありません。あくまで、権利と義務は対応しているものであって、権利に付随しているものではありません。「権利には義務が伴う」というのは誤用であり、そこで言われていることは「こうあるべきだ」という姿の提示でしかありません。
先の同時履行の抗弁権についても、Bが拒否した場合、結局Aがお金を貰うためには、車をB に引き渡す義務を履行しなくてはならないのだから「権利には義務が伴うのではないか?」と思われるかもしれませんが、これはあくまで、AがBに権利行使するのと同時にBがAに権利行使をしている(又はAが義務を履行している)だけであって、相手方の権利行使に「対応」して義務の履行をしているに過ぎません。
Aに帰属している権利と義務は、それ自体が一体化・表裏の関係にあると考えるのは全くの誤りです。相手との関係において存在するに過ぎません。
そして、権利が発生した後で義務が発生することも、義務を履行した後で権利が発生することもありません。両者は同時に発生するのです。
なお、文言は多義的なのでその文言にいかなる意義を与えるかによって導かれる見解が相違することがあるのですが、ここでは日常生活における私法上の権利関係を念頭において論じました。
最後に、相手に対して負っている義務を履行しなくとも権利行使は可能です。但し、相手がそれに応じるか否かは別問題。あなたも同時に義務を履行せよと拒まれることもあるでしょう。でも、相手が権利行使に応じて義務を履行すれば自分は義務を果たさなくても権利行使は完了するのです。その後でその 相手が自分に権利行使をしてくることだっていくらでもあります。もし、その時に、相手方の請求に対して義務を果たさなければ、法的には「契約違反(債務不履行)」などの法的責任を追及される可能性がありますし、道徳的・倫理的には、「義務も果たせよ」という非難が可能でしょう。
本来、法的概念である権利・義務を道徳的非難と混同してはいけません。なぜなら、「権利には義務が伴う」などという誤用あるいは意図的な歪曲は、往々にして権力者が市民的権利行使を阻止又は萎縮させるために悪用するからです。
尚、私がこの誤用を指摘する趣旨は、先の「人権のはなし」というエントリーにも記載しましたが、ださいさんのblogの『批判するなら対案を」、の似非』に書かれていることと同旨ですのでぜひそちらをご参照下さい。また、「人権のはなし」で紹介したHPの『人権のはなし』『続・人権のはなし』は私の拙文よりも詳細かつ易しく「自由」「責任」「尊厳」について論説されているのでぜひ勉強してください。
2004年05月15日
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